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大学選びには四苦八苦しました

私は5歳の頃、母が応募してくれた全国児童画コンクールの銀賞をもらい、それ以後ずっと絵が好きで描き続けていました。
毎日のように描いていたため、図画工作や美術といった科目は得意中の得意で、小学時代から高校時代までずっと成績は5でした。

そんな中、中学の先生も高校の先生も私に将来、美術の道に進むようにアドバイスしてくれたため、私もその道を歩むつもりで高校時代までを過ごしていました。
高校は普通科で、2年生までは楽しく遊んでばかりいましたが、3年生ともなると周りも進路のことを考え始めるため、私も仕方なく考えるようになりました。
勉強はあまりできるほうではなく、大学でこれを学びたいといった学問も当時はありませんでした。しかし、かといって就職するのだけはイヤで、とにかく大学という自由な4年間を手に入れたい気持ちでいっぱいでした。
そうなると進路は大学ということになり、今度は大学選びの番です。
学力もないくせに有名大学以外は行きたくもなく、そうした大学以外であれば、やはり美術系の大学に進みたいと思い、自分なりの大学選びの結論を両親に話しました。
しかし、私の両親から出てきた言葉に、私は愕然としました。
「うちにはお金がないから、私立の大学も美術系の大学も断念してもらうしかない」
と言うのです。

そして、私は勝手に地元から離れ、大学時代は東京で過ごすことを計画していたのですが、私が国立に進んだとしても、仕送りもままならないから、それも無理だろうと親は言うのでした。
私は目の前が真っ暗になり、将来に対する不安がどっと自分を襲ってくるのを感じ、すごく怖くなったことを今でも覚えています。
そんな状態では、自分もどこに向かって頑張っていいのかもわからずに、私の高校時代の受験はすべて不合格となり、浪人生活が決定してしまったのでした。
そして、大学選びからやり直し、浪人時代のはじめも悶々とした日々が過ぎていきました。
そんな折、ある受験雑誌で見つけた新聞奨学生の広告に、私の目は釘付けになりました。新聞を配達しながら住み込み寮で大学生活を送れば、学費は全額負担されるというのです。
私が東京の大学に進むの道はこれしかないと判断し、私は私立の有名大学に大学選びを絞って猛勉強し始めました。
迷いがなくなった私は、毎日何時間も勉強をし続け、ついに第一志望の大学に合格することができたのでした。
幼かった頃に行きたかった美術系の大学には行けませんでしたが、普通の大学に入学することで逆に自分の視野も広がり、結果良かったと思っています。

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